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Technology ~ 素材探究

楠美 清の素材探究

家づくりの素材はどこからやってくるのでしょう?

これは、「リーファの家づくり」で私の職人としてのこだわりのコーナーです。
私は家づくりを始めたときから、その素材に疑問を持ち続けています。どこの誰が育て、作った材料で家が造られているのか知らずに多くの人が家を建てているのです。でもそれが当たり前で、この業界の常識なのです。誰も疑問に思わない、それでいいのでしょうか?
1日24時間、365日、そして生涯、その大半を過ごす家、大事な家族を守る家。住宅会社はデザインや価格のみ訴求し、一番大事な素材にはまったく関心を示さずに単純に安く手に入る材料のみ求める。私たちが日常、仮に食材を選ぶ時に、こんなにこだわりを持つのに人生で一番大きな買い物をするときにその素材にはまったく無関心。生涯暮らす家に対してこんなにも無関心でよいのでしょうか。私はもっと、その素材にもこだわるべきだと考えています。
そんな理由から「リーファの家づくり」の素材を追ってみました。
まだ全てではあませんが、これから少しずつそれを調べていきたいと考えています。そして私達の家づくりをもっと理解してもらうためにこのコーナーを作りました。
「家づくり」ほんの50センチほどの苗木の植え付けから、家ができるまで一棟の家に関わる人の「数」と「手間」は想像もつかないほどなのです。
「リーファの家」は、そんな素晴らしい仲間とのコラボレーションで出来上がるのです。
見てもらって疑問のある方は、どんどん意見を寄せていただきたいとも考えています。

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プロローグ

家づくりの素材はどこからやってくるのでしょう?素朴な疑問に社長が自らトレーサビリティ!
それは、あるお客様からのクレームから始まった?!

性能向上への挑戦!
近頃の住宅関係の本、雑誌、その他の広告を見ると、住宅の構造や性能(パネル工法、2×4、軽量鉄骨、在来工法など)外断熱、内断熱、オール電化などが目につき、メーカーの一方的な情報だけが先行しお客様に本当の情報が伝わっていないような気がします。メーカー側の売りたい物だけが大きくアピールされ、大手ハウスメーカー、電力会社など、メーカー主導の家づくりになっているのです。

本当の家づくりのための大事なことはおざなりにされています。
私達は、この家づくりで一番大事な基となる基礎について徹底的にこだわりはじめました。
それは、1件のお客様のクレームから始まったのです。

「なんだ、おまえのところの基礎は、割れが入って弱いんじゃないか。
やり直してくれ!」

というクレームでした。
家はもう完成され数ヶ月住んで入居された後のことでした。慌てて私と工務責任者、営業担当者が確認しに行って床下に潜ったり、家の周りの基礎を調べた時、確かにヒビの入っているところが2ヶ所ありました。
私達は、その後、その工事過程を調べていく上でコンクリート管理の重要性を知ったのです。一般的には、基礎工事は基礎屋さんに一括で発注されるのがこの建築業界の常識でした。その使用されるコンクリートの性能は全て業者任せで、使われている水や砂の量は、業者によってばらつきがあるのです。

建築業界ではハウスメーカーが下請けに丸投げするのが常識です。
良いコンクリートとは、その強度もさることながら、実は耐久性の高いコンクリートなのです。できるだけ水の量を減らしたものが高強度で耐久性のある良いコンクリートに仕上がり、割れが少ないのです。「コンクリートに水を加えて柔らかくして打つという考えを改める必要があります。」基礎業者さんは、型枠に流し込みやすいコンクリートの方が仕事がしやすく、その為には水の多い柔らかいコンクリートを頼むのです。元請業者からのコンクリートの発注は強度の指定はあっても耐久性を高めるための配合の指定をしないのが現状です。これを良いことに業者は、仕事を楽にするために手を抜くのです。なるべく柔らかい、水の多いコンクリートを施工します。強度の記入された納品書は手元に残りますがその過程は一切わかりません。

私はまたひとつ、この業界の常識に疑問を持ちました。
もちろん全ての業者がそうではありません。正直に努力している業者もたくさんいます。ただ一部にそのような手抜き業者がいるのも事実なのです。
そこから私達は基礎工事でのコンクリート管理の重要性を認識させられたのです。
現在、当社では管理責任を明確にするために現場施工業者と生コンは別々に発注され管理されています。本当にしっかりした品質管理をしようと思ったら生コンを施工業者にまかせっきりにしないことです。

当社は支給する方法をとりました。
耐久性の高い、やわらかい、それでいて水の少ないコンクリートを作る場合、高性能減水剤を使うことです。「高性能減水剤」は高層ビル用や公共工事に使われていて高強度のコンクリートを作り出します。コンクリート会社に聞くところによれば、コストが上がるので住宅にはほとんど使われていないそうです。高性能減水剤を混入すると、コンクリートが柔らかくなり、水が少なくて済みます。そのため、強度、耐久性が増し、さらに流動性がよくなり、業者さんの仕事もしやすく、効率向上につながりました。このような仕事の改善を常にしようと考えたのもISO取得の理由にもなっているのです。もちろんいいコンクリートを使うようになればコストも上がるのは当然です。しかし私たちの年間使用量をもってコンクリート会社へ交渉して安く耐久性の高い、高強度コンクリートが使えるようになりました。このように建物の基となる、基礎の大事さに私たちは気づき改善されました。

一人でも多くのお客様に安くていい家を持ってもらいたい、
そんな想いです。

結局このコンクリートのヒビは乾燥時によくおきる収縮によるもので、サンプルをとって調べたところ私たちが標準にしている住宅金融公庫の基準をはるかに上回った強度のものでした。もちろん構造上支障のあるヒビではなかったのです。お客様にも十分説明をし納得していただきました。
近年、住宅だけでなく、食品会社の偽装事件、社会保険や年金問題など頻発しています。いまでは生産者や販売情報を開示しそれを目安に消費者が購入をきめるのがあたりまえとなっています。ひとつのクレームをもとにリーファの住宅の性能とチェック体制はさらに上がったのです。私は、以前のチラシでも伝えた事があります。業界の常識は、非常識の連続です。私たちはこの常識を断固として破り、本当に良い住宅を一人でも多くのお客様へ建てていただきたいのです。

株式会社リーファ 代表取締役 楠美清

株式会社小笠原商事 (青森県つがる市)
技師 油谷さんのお話

ここはもともと原野で、向こうは畑です。砂地なので、スイカやメロン、長いもなどの植え付けが盛んです。その先は日本海です。
今砂を採取しているところの表土は1mくらいで、黒土の上に少し草が生えているくらいです。その表土を多少多めに剥ぎとって、その下の砂を採取します。
砂に含まれる不純物はコンクリートの強度低下につながりますので、生コン用の砂は不純物を取り除いてから出荷しています。土混じりの細かい砂は生コン用には向かず、土木工事等に使う埋め戻し用の砂になります。土木工事用として使いますので、特に品質が良くなくても使えます。泥も若干含んでいます。

生コン用として採取した砂はこの貯水池で洗います。ポンプ船で揚げるんですよ。水の中で撹拌して水の中で舞い上がった砂を吸い上げます。ポンプの構造としては、上にカゴが付いているものが吸う部分で、下が吹く部分ですね。水中で圧縮空気を吹いて、まき上がった砂を吸い込む感じの仕組みです。ポンプは掃除機のような大きなバキュームになっていてそれで吸い上げます。
洗われて泥が抜けた後の生コン用の砂と泥混じりの埋め戻し用の砂は、色を見ても全然違います。

池の深さはそれほど深くは掘っていません。砂をとった後には、池でじゅんさいの養殖をやっているからです。じゅんさいの池は、深すぎず浅すぎず1~2mくらいの深さでいいので、後で深さを調整します。砂を掘ってその跡地をじゅんさいの池にしますので、コストをかけずに一石二鳥ですね。

ここからは毎日大型トラックで120~130台分の砂が出荷されています。出荷先のほとんどは生コン屋さんになります。20歳の頃からこの仕事をやっていますので、もう30年くらいになります。昔は岩木川とかで川砂をあげていたこともありました。

砂の納入先の共立生コンクリートさんは品質に関してはとても厳しいです。砂を水洗いし、検査した上で出荷するんですが、共立さんでは自社でも検査をされています。砂に付いている不純物は、手で米を研ぐようにいくら研いでも取れないものもあります。そのために試験薬を使って検査をします。去年だったかな、共立の社長さんが試験薬を持ってきまして、それに砂を入れて検査していました。試験薬を使えばすぐに分かります。泥は沈殿して水はきれいになりますが、不純物がついている場合は一晩置いても二晩置いても絶対にきれいにはなりません。水洗いなどを適当にやって出荷している業者もありますが、必ず製品にその良し悪しが現れます。お互いに気を付けてそれだけ厳しくなければ、いい製品は出来ませんからね。

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越友産業株式会社(本社/青森県青森市野内・田茂木工場/青森県東津軽郡平内町)
越田社長と越田専務にお話を伺いました。

今日は平内から山へ10分ほど入った所の、越友産業さんの砕石採取の山に伺いました。

越友産業は父親が創業しました。越田友五郎という名から社名を取っています。
父は健在ですが、もともとは平館の出身です。平舘で田舎のよろずやをしていて父が油の買い付けとかやっていまして、青森市内に来ることが多かったんです。その当時から野内に採石場がありました。それで、そこの支配人をやってくれないかと頼まれましてね。父は次男坊だったし、いずれ実家を出なければならなかったので、引き受けて青森市内に来ました。そこで一年くらい支配人をやった頃に、そのままやってくれないかと頼まれまして。それから採石がスタートしました。私が4歳の時だから、昭和38年頃のことです。
その頃は今とやり方も違い、1年に2~3回だけ大発破をかけて一気に山を崩し、大量に石を落とすやり方でした。周りが真っ白くなるくらいのすごい量です。それをまた小割りしながら砕いていくのですが、そのやり方だとあまりにも危険だというのと、上の表土も一緒に混ざるので品質が良くありません。そのため、今は毎日発破を少しずつかけて崩しています。
ここは地元の方が、間知石を作っていました。ここにはもともといい石がありましてね。それを見て父が採石を始めました。昭和40年から採り始めて以来ですから、44年になります。

青森県には山はいっぱいありますが、コンクリートの骨材になるようないい石が少ないんですね。私どもの石には出ませんが、例えば津軽方面に行くとアルカリ骨材反応の出る石があったりします。石の成分と反応して膨張するので、当然コンクリートの製品になったときにひびが入って割れます。津軽方面から東側に来るとそういうのが少なくなってきます。毎年120mくらいの深さでボーリング調査をしていますので、調査をしながらこれくらいになるといい石が出るなどと調べてから掘っています。

当社でのメインは砕石です。砕石と言ってもだいたいは海に使う防波堤の大きい石などの港湾用です。例えば、波の荒い津軽半島の竜飛岬のあたりとかへ、1トンの石など持っていきます。港湾用のものはほとんどがブロックの下に敷く石になる本当の基礎ですね。青森市の野内浦島あたりから船に積んで湾内各地へ運んでいます。
あとは土盤材という一般道路の工事の下に入る石や、生コン工場へ骨材としての石、他に歴史が長いのはJRの線路用の石ですね。これは規格も決められて厳しいですよ。
従業員は27人くらいで操業しています。そのうち女性は6人です。もともと山仕事は男だけの世界ですが、女性が入ることによって職場の雰囲気も少し角が取れるんですね。
実質的に工場を稼動できるのは4月から11月までです。冬になると山は閉鎖になりますので、今のうちにストックしておきます。作業時間は午後5時までですが、日の長い夏場は午後6時まで作業します。稼働日数が短い分コストもかかりますが、一日の生産量を大きくできるように他には負けないくらいの大きさのクラッシャーがあります。今は一日に大型ダンプで200台くらい出荷します。ここの山は一部借地もありますが、今採ってるところは全部当社の所有地になります。

下で大きな石を運んでいるのは32トントラックです。 普通の10トン大型トラックの3倍です。あの大きいトラックも女性ドライバーが運転しています。ノークラッチですが感覚的に慣れてしまえば楽ですね。昔は、山の職場に女性が入るなんて考えられないことでしたが、当社で女性の従業員を採用するようになってから20年位になります。石の積み込みをしているのも女性の運転手です。女性は機械の扱いが丁寧なのであまり壊さないですね。それでもやはり石が相手ですから、1ヶ月に1回くらいは修理しています。

生コン屋さんに砕石を納めていますが現場で余った生コンのコンクリートがらはここに持ってきて、また割って再利用します。最近リサイクルということで需要が増えてきてはいるんですが、量が少なくて安定していないのが現状です。
石はクラッシャーで砕かれて大きいものと小さいものとに選別されます。大きいものは左側のコンベアーに乗って、再度また割ります。最終的に20センチくらいまでになって、長いベルトコンベアーで集められ一旦ストックされるんですよ。そのストックしたものを、次のクラッシャーで形を整えていき、一定の粒度にしてそこで再度水洗いします。

当社で出荷している生コンの骨材用の石はみんなきれいだと思いますよ。最終工程で水洗いをしていますから。JISの規格で粉分が何パーセント以下になるようにしなさいとか決められてるんですよ。粉が多いとどうしても表面に膜がかかったように見えたり、粉が浮いたりしてきます。当社の石はきちんと洗っていますから、そういうことはありません。石の上からシャワー状に水をかけてるんですよ。その汚い水は、当然泥水になりますから循環させて、絞って、泥と分けて水は再生しています。

石を採掘したところは埋め戻しをしなければいけません。埋め戻した後、種を撒いたり木を植えたりして緑化します。その最終計画まで立ててから採掘の許可を取るわけです。この裏側の山も埋め戻しをかけたところに種まきして、そのあとススキが生えてきています。そうやって最終的には自然の山に戻します。そうしないと次の山の許可が下りません。

今ここへ来る途中に、崩れた山がありましたよね。あれは昔大規模に発破をかけた跡です。

当社の山ではないんですが、あの山はもともとはぼこっとした形でおにぎりみたいな山だったんです。古い地図にも載っていて、海からすごく目立つので海で仕事をする人たちの航海の目印でした。信仰の対象にもなっていて地元の部落の反対もあったようですが、あのような状態のまま放置されています。結局採石した会社は潰れてしまったそうです。

この石碑は砕石工場の開設40周年記念で、当社の会長が『山尊共栄』と書きました。山が無ければ私たちはこうやって商売が出来ませんからね。春先、山に入る前にここをきれいにして、日蓮宗のお坊さんに来て拝んでもらい、従業員一同で山開きをします。
これは山の神の碑です。ここには毎日安全祈願をします。朝礼前にこれを拝んでから仕事に入ります。 隣の塔婆は私もわからないくらい昔、発破事故や落石、ベルトに巻き込まれて亡くなった社員の方々の供養で建てた物故者の搭です。山の神と一緒にこちらも供養しています。社長は会長から受け継いで、毎年お盆にその方達のご自宅にお線香をあげに行っています。

後記
石は見た目が同じような物でも品質が違います。越友産業さんで採取している岩石はとても品質がいいと聞いて来ましたがその通りでした。最終段階で水洗いまでして出荷していることには驚かさせられました。

今の会長が創業者で、息子さんたちがそのあとを継いでいます。会長は創業者ということでとても山に対しての思いも強く、山に感謝し、山で働いている人たちを大事にしていると感じました。昔、山で亡くなった人たちの慰霊碑も建てられ、しっかり物故者の慰霊をしています。山の神の石碑もありました。山の神の日にあたる毎月12日には、その慰霊碑にも手を合わせているそうです。
もう一つ会長が建てた石碑には『山尊共栄』という言葉が彫られています。山を尊ぶ心、石という恵みに感謝し、共に栄えるということだそうです。山で働き、山によって生活の糧を得ていることへの感謝。そんな思いで立てた石碑がありました。越友産業さんの事業の繁栄、事業の永続ということも頷けました。いい家づくりはこんな方々の努力があって出来上がるものであるとしみじみ考えさせられた取材でした。

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八戸セメント株式会社(青森県八戸市新井田)
大正時代に「平民宰相」原敬が東北近代工業の第1号として設立

八戸セメントの沿革は、大正7年、1918年、原敬がここに東北振興会を興したのが始まりで、この辺りは寒冷地の為、農作物などを作るような土地柄ではなく、農作物が取れない地帯です。そこで何とか産業を持ってこようと、ここに当時「日の出セメント」というセメント工場を近代工業の第1号として、設立しました。100年の歴史があり、東北で一番古い工場です。
この近くに日の出という昔の地名があり、そこから「日の出セメント」という社名で始まりました。歴史的にも古い工場ということで、建物自体も大正の頃のものが一部残っています。
創業当時は日露戦争もあってセメントの需要が非常に多く、このエリアでは日東化学とここが当時で一番古い工場です。日東化学も教育に力を入れていて、工場内に学校もありました。

八戸セメントは、住友大阪セメントグループの製造受託工場ということで、品物は全部親会社の住友大阪セメントの方へ納めるという形になっております。ですから、商品名は住友大阪セメントのセメントということで販売されております。
在籍従業員は現在、76名。24時間フル操業しております。生産品種は主に普通ポルトランドセメントで、他に早強ポルトランドセメント、高炉セメントで、中庸熱セメントは物件があれば作ります。中庸熱セメントというのはダムに使うセメントで、大量に打ってもひび割れしないようなセメントです。あとはタフロックというセメント系硬化剤ですね。生産能力的には150万トンほどの設備なのですが、今のところは120万トンから130万トンくらいの年間生産量になっています。

原料は山から八戸の街中を地下のベルトコンベアーで工場まで直送

当社は原料となる石灰石を住金鉱業というところから購入しております。うちの工場から約7キロ南に石灰石の鉱山があり、地下ベルトコンベアーで当社まで運んでいます。住金鉱業では住友金属にも製品の石灰石を出していて、港には、住金鉱業専用の埠頭を持っております。この港からは船で東北、北海道、関東などの各地へ石灰石を運びます。あとは青森県内、岩手県北、秋田県北くらいまではトラックで運びます。当社でも住金鉱業の地下ベルトコンベアーでこの港からも製品を出荷しています。
この地下ベルトコンベアーが出来たのが昭和48年頃です。山からのトンネルも分岐点があり、山から工場に行くラインと、埠頭に行くラインがあり、今考えるとこのようなトンネル工事も当時だから出来ましたが、かなり大きな投資をしたとも聞いています。今はとてもああいう工事は出来ません。 トンネルの中に入ったことはありませんが、簡単に言うと東京の地下鉄の一車線分くらいの穴が八戸の町の下を通っています。

産業廃棄物もセメント原料に

セメントを1トン作るのにセメント原料として石灰石が約1.2トン、粘土が0.3トン、あとは鉄を含んだ原料が0.2トン、石膏が0.04トン必要になります。計1.6トンが原料として必要になりますが、今、粘土は天然のものは使っていません。どこのセメント会社も同じですが、各産業から出る廃棄物の中でセメントの原料として使えるものを頂いてリサイクル原料とし、それを原料として使っています。うちとしても大きいのは火力発電所から出る石炭灰です。これは天然の石炭を燃した灰です。粘土に近い成分がありますのでこれを原料として使っております。あとは特別なものとすれば、二戸・田子の辺境で不法投棄が問題となっていますが、あそこから出るものでもうちのセメント原料として使える部分は現地の方で選別して、セメントの原料として処理しております。
廃タイヤも燃料として使っています。メインの燃料は石炭を使っていますが、廃タイヤはその燃料の一部として使っています。タイヤを丸ごと、焼成工程の途中に入れて燃やしています。温度がだいたい900度ぐらいの所へ入れると、そのまま発火して燃えるというような状況です。燃え殻は出ず、中のすすもセメントの一部になります。
当社では、使用電力の約1割は自家発電でまかなっております。原料を加熱し、一度冷やすのですが、その際に出る廃熱を利用して発電しています。

八戸キャニオンと呼ばれる、住金鉱業の露天掘りの鉱山“八戸鉱山”。日本一標高が低い地点が存在し、その深さは海抜約マイナス160メートルである。

現在、ここの一番低いところが、海の水面より160メートルぐらい下です。 ここは工場が出来たときからずっと掘っています。用地さえあれば、あと100年以上掘り続けられるくらいの鉱脈がずっと続いています。左手にゼロと書いていますが、あの地点が海抜0メートルの所です。あのあたりに見えているダンプは90トンダンプで大型ダンプの何倍もあります。
ここで採掘される石灰石はセメントの材料と製鉄所向け、あと道路の路盤材などに使われます。この生産量の約三分の一が当社のセメントの原料用です。製鉄の際には、溶鉱炉に鉄鉱石と石灰石を入れるそうです。
石灰石は大きさとか種類によって用途が違ってきますね。この鉱山から地下ベルトコンベアーで運ばれ、工場や港へ送られます。

八戸港から専用船で日本各地へ

ここがちょうど、地下のベルトコンベアーが地上に出てくる所です。その4本のサイロにはセメントが入っています。セメント船は大きいものでだいたい5千トン前後くらいですね。東北・北海道をカバーしています。
その着岸している船が“八戸丸”で、国内最大級の石灰石専用船です。2万トンも積んで、茨城県の鹿島の住友金属工業鹿島製鉄所に届ける為、週に何回か往復しています。

後記
数年前、セメントの取材をしに新潟と富山の県境まで行きました。今回も共立生コンクリートさんにお願いして砂・砕石・セメントと私たちが求める品質を確認する為、県内各地を回りました。正直なところ、まさか青森県内でセメントの材料となる石灰石が採れるとは思ってもいませんでした。八戸セメントさんを取材させて頂き、青森にこんな歴史のある立派な会社があることにまず驚きました。私たちがこのような会社とお付き合いが出来ることを誇りに思うと共にその確かな製品を使うことが出来て、私たちのこだわりである材料の素材にますます自信が持てました。
私たちのような取材に半日以上も丁寧に対応して頂き、さらには、セメント畑一筋の武田社長にもお話を頂き本当に恐縮いたしました。 一軒の家を建てるということは本当に数え切れないほどの人たちがかかわっていることを改めて感じました。家を建てるにあたり、大事なのは“人”、“素材”、“技術”だということ。これから家づくりをする出来るだけ多くの人に、伝えていきたいと考えています。

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共立生コンクリート株式会社(西工場/青森県青森市油川)
コンクリート主任技士・西島工場長のお話

素材も大事。その取扱いには特に気を付けています。

私たちが砕石を入れている越友産業さんの石は黒くて硬くていい石です。
当社に出荷してもらう砕石は最終的には洗ってもらっています。採って砕いた石には粉が付着しているでしょ、それを洗ってから納入してもらいます。

石を洗わなくていいって言う会社もあるみたいだけど、何でだろうなって思います。
洗うのと洗わないのとでは製品(生コン)の品質は違います。
洗うと石とセメントとの付着が良くなるからです。洗わないと石に粉の膜がかかっている訳ですからね。この粉が着いているからといって、極端に悪いという訳ではないですが、粉が着いているとセメントと石の付着が悪くなります。コンクリートを練っているうちには粉の部分も取れてはきますが、当社ではあらかじめ洗ってもらっています。洗うというそのひと手間をかけた分、製品としてはいい生コンが出来ます。

山から採取した砕石は、おもてに山積みにストックして置いておきます。そうすると、やっぱり外に置くわけですから、洗わない石は、雨が降って粉が下に下がっていくんですよ。
その粉が一箇所に溜まっていればそのままセメントと混ざるので、ある程度かたまりになってそのまま残ることもあります。練ると粉は分散すると思いますが固まってだんご状態になることもあります。結局、生コンになった場合にその部分が弱くなるんですね。ですから、うちでは洗ってもらっています。
特に採石場というのは冬場は休むために、秋口にかけてかなりの量を作ってストックする訳です。それに雨が降り、雪が降り、雪が解けていくうちに、結局その粉が水と一緒に少しずつ下がって溜まるんですよ。
石を洗うというのは、そういう事を防止する目的もあります。やっぱり材料がちゃんとしてないとね。

砂や砕石の試験は、月に一回定期的にやっています。砂も砕石も密度や給水率など、ここで出来る試験はうちでやっています。ここで出来ない試験は青森生コンコリート工業組合でやります。お客さんは出来上がった状態の生コンクリートや固まったものしか見てないですからね。材料にどんなものが使われて、どんな風に作られているかということは、全くわからないですから、私たちがきちんと品質に責任を持たないといけないんです。

後記
こうして家作りの素材を取材して歩いて、いつも感じるのは何一つとってもそのものには気づかない深いものがあるということです。今回もなんとなく見慣れていた砕石の山でしたが、まさか水洗いまでして出荷しているとは思いませんでした。生コン工場を取材し、私たちがお付き合いをしている業者の方々が、目に見えないところでこんな努力をしていることに安心したと同時に、お互いが品質向上のために切磋琢磨しているそんな品質への厳しさが伺えました。

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国産材への「こだわり」。
「やまご」の方々にお話しを伺いました。

私たちは一貫して国産材にこだわっています。その理由はここでは語りつくせないほどたくさんあります。植林、管理、伐採、製材、加工まで私たちは「リーファの家」の木がどこの山でどんな人が育てた木なのかしっかり管理しているのです。

海を育てる「山」づくり。

岩手県内陸山形村の山奥。まだ残雪があるこの時期(4月末)、この年は平年に無く雪が多くて、その雪を掘って唐松の苗木を植えています。ここは水源観葉林になっていて、水をある程度溜めるために木を植える。山に木がないと、雨水や雪解け水が一気に里や海に流れこんでしまう。それを止めるためにこのように木を植える地域になっています。これをやらないと海の汚染や漁業にも影響を及ぼすことにもなります。

特性を生かした、唐松の建築用材。

今植えているのは全て唐松の木で、約2年間、麓の畑で栽培した苗木です。苗畑は久慈にあり種から育てたものなんです。唐松は約40年程度で伐採します。以前は加工しやすい赤松、杉が多くて唐松は少なかったんです。唐松は硬くてクセがある木で、でも腐りにくいから坑木や土木用の杭によく使われていて、建築用材では使い物にならなかった。今は加工技術が進んで、唐松の特性を生かして建築の構造材では一番人気のある木になりました。今植えているのは全て唐松の木です。今ここで切った木は一つにまとめて入札をしたり、直接製材所に持って行ったりします。広葉樹はチップにして紙の材料にされたり、しいたけの栽培用や木炭になります。自然に種が飛んで木が育つ自然林ときれいに木が生えて育っている人工林とがあります。

この広大な山々。全ては手作業。

山は、まず地ごしらえをして、次に植付けをして下刈をします。その次に間伐を繰り返して行きます。1年その繰り返しです。成長を見ながら下刈をしたり、間伐していきます。この山の間伐は10年程するとその時期に入ります。植林は今の時期(4月)から初めて、入梅の頃までです。初め唐松を植えて、赤松、杉の順に植えていきます。杉は6月頃梅雨に入ってから植えます。だいたい夏前ぐらいで植林が終わります。苗木はこのようにある一定の間隔で順番に植えていかないと、植え残しがでるんです。この広い山ですから、後からその部分を探して植えないといけないとなると大変なんです。だから順番に雪まで掘って順々に植えていきます。

植林後の管理としては、夏前に一度下草を刈ります。それをしないとせっかく植えた苗木が枯れてしまいます。苗木より何倍も雑草の成長が早くて苗木が負けてしまうんです。1年に2回程やればベストなんだけど今は1回しかできません。刈るのは木の回りだけでなく山全体を刈るので、その量も大変なものです。全て手作業で機械ではできない作業なんです。さらにこの山は急だから特に大変だと思います。

年々少なくなる「やまご」さん。

私は(班長)は約30年程この仕事をしています。私達は、植林から伐採まで全てやっています。範囲は大野村が中心で、ここから一時間ほど太平洋側に行ったところまで、たいがいその周辺で仕事をしています。いつもは、もっと平な山なんだけど、この山は特に急斜面で作業が大変な山です。でも急な分植える時は立った状態で植えることができるので、ある意味楽なのかもしれません。逆に平らな山は歩きやすいけど一日中腰をかがめるので腰が痛くて大変です。現場によっていい所も悪い所もあるんですよ。
苗木は一日一人300本程植えます。1ヘクタール(100m×100m)に2,500本程植えるのがひとつの目安になっています。朝、山に入るのは8時頃から夕方の5時頃までです。背中にしょっているのは約100本ほどの苗木です。1日にこれを3回位です。
今の時期は作業に一番いい時期です。これが暖かくなると虻や蜂が多くなって活発に動き出します。一番大変なのは夏場の作業で、虻や蜂に刺される事故がおきます。
それに加えてマムシなんかも出てくるんです。その辺にもいっぱいいます。熊もいるんですが私はまだ出くわした事がありません。ただ足跡や木についた爪の跡はよく見かけますけど。このへんでは山で作業する人を「やまごさん」と呼びます。「やまご」は今どんどん減っています。林業をやる人で若い人はあまりいなくなりました。林業に係わる人は年々少なくなっています。その理由はこの通りきつい仕事だから誰もやりたがらない、若い人は続かないんです。いくら機械化が進んでもこのような現場では人の手でしかできないし、植えるのも切るのも人の手でなければいけない。でも楽しいこともあります。山に入って仕事をしながら山菜を採ったりできるのが唯一の楽しみです。タラの芽、しどけ、ワサビ、ボンナなどが採れます。

「地産地消」安定供給できる国産材。

最近、建築用材は輸入材におされて国産材の出荷が少ないようですが、日本の山の木の量は使っている量より増えている量のほうが多い。戦後植えた木ももう伐採時期に来ている。輸入材に関しては、今違法伐採等の問題や環境問題など、色々な問題で木材相場が上がって来ています。ある意味価格的な問題がいつもつきまといます。国産材に関しては、先に話したように山にはある程度の量はありますので、あとは設備や人などインフラの整備が進むとその環境も大きく変わります。最近は国産材を多く出せるように大きな製材所をつくったり森林組合でも積極的に取り組んできていますから、いままで量が不足して外国材に依存していた部分が国産材に切り替える事ができるようになってきました。そんな事から国産材はある程度価格の変動も少なく安定しています。

山を育てるのは私達の義務。

山は国有林もありますが個人のものも多く、ここの山主さんは熱心に木を植えたり切ったり管理をしっかりやっています。しかし、山主さんによっては山をそのまま放置して荒れ放題になっている山もあります。そんな山は森林組合が声を掛けていくようにしていますが、なかなか話が進まないことも多いです。費用や採算性を考えるとなかなか難しいところもあるんでしょう。でもこれから先、次の子供や孫の時代に残していかないと大変なことになります。私たちが今切っている木も親や先祖が植えた物です。理屈は抜きで今苦しくてもやっていかなければいけません。そう思うと昔の人たちの考え方はたいしたものだと思います。

後記
山を守るということが、里を守り、海を守る。山に木のある大切さがよくわかった。そして自分達が普段見慣れている木がこんなに手を掛けて育てられ切られて製品になり出荷される。それは単に他の建築部材と違って多くの方々の手がかけられ、それも大変な苦労をしてさらに長い年月をかけ世代を超えて大事に育てられた「木」。山を守っていくことの重要さ、本当にやっていかなければ私たちの未来はないという思いを感じた。今、私たちのライフスタイルの中でものの考え方や日常の生活が大きく変化している。同時に林業に係わる人達も減少している現実。山を思い、子や孫、未来までも思い続けて毎日同じことの繰り返し、毎月、毎年同じことを繰り返し、それを自分の仕事として迷わず続ける「仕事観」。
自然のサイクル、それは少し前まで当然のように自然とやられていたし、繰り返されていた。今これから先祖が残していった大事な財産を私達は守り、増やしていく義務がある。子供や孫のために。今回の取材では「やまご」をはじめ山主、山にかかわる全ての方々の仕事は、後世まで自分達が手がけたものが継続され、そしてその成果と結果が次代に残る。決して自分達だけのためで無く、またその仕事もあせらず地道に回り道も近道もない、そんな「やまご」の仕事観と今の「私」の仕事観を重ねた時、何か違うような気がした。自分はもっと将来を見据えた仕事の仕方や、そのビジョンが自分の仕事の中に無ければいけないと思った。それが本来の本当の仕事なのではないだろうか。 山にかかわる全ての人に敬意を表します。

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国産材への「こだわり」。
「ききり」の大粒来さんにお話しを伺いました。

私はこの地が仕事場です。

今は年中伐採しています。木材は松、杉、唐松、広葉樹全部です。私はこの地で生まれ育ちました。仕事場はこの周辺1時間~1時間半圏内です。ここの現場は約1ヶ月の予定で切っています。その現場で山に入る日数が変わります。ここの山は、樹齢50年ぐらいの木が多いんです。ここの木は切った後、山主さんの希望で広葉樹を植えます。やはり針葉樹を切った後は土が痩せているので、次に針葉樹を植えても育ちが良くないんです。
ここは、昔から木炭産地なので、クリ、ナラなどの硬木が多いんです。これらの木はホダ木として、この近くの種市町の名物しいたけ栽培用の原木になります。しいたけはこの近くでも盛んに栽培されています。そのほかここで切った針葉樹は地元の製材所や集成材工場に回ります。
唐松のいいものは、建築用材になります。残りは土木用の杭材とか、紙の材料のチップになります。唐松の若い木はよれが多いのですが、50年を過ぎるとよれも少なくいい建築用材になります。でも集成材はもっと細い木でも十分です。10年程の樹齢の木で15cmくらいの木や、間伐材でもいいようです。今は少なくなりましたが、この辺りは昔から炭の産地でナラなどのかたい木はもともと炭に使われる事が多いのです。 ナラの木で30cm以上のものは、家具用の材料としても出します。

山の木でもいい木は、より長く太くなるよう手入れをして切り出しますが、細いものや曲がったものは間伐材として早い内に切ってしまいます。細いものは根も弱くて、風や春の重い雪でも倒れやすいんです。
広葉樹の場合は、特に植林はしなくても自然に種が飛んで来て生えてきます。あの辺は広葉樹なので、今切れば来年には木の芽が出て来ます。赤松なんかでも植える場合もありますが、切った後ブルドーザーで土を起せば、種が飛んで来て自然に育ってきます。この辺は多くは無いですが雪も降るので、冬は雪片付けもあって生産量も、がたっと落ちて仕事にならないんです。

親父の頃は馬で切り出していた。

いまは、昔の「ききり」とは違ってきています。親父の頃は、馬や耕運機、トラクターで切った木材を切り出していました。今は、最新の機械が入ってきていますから、かなり効率良く生産されています。この機械も1ヶ月程前に入れました。車体が国産で、ヘッドがデンマーク製です。本体よりヘッドの方が高いんですよ。昔は全て人手に頼っていたんですが、この機械なんかは1台で8人分稼ぎます。この山の木は、1人で全部切っています。1人で1日300本程切っています。木材は1年の内、切る時期で価格や品質が変わるので山の見方や切り出すタイミングを間違えると損をしたりします。その辺りも難しい所です。設備投資した分頑張らないといけません。厳しいですよ。

私は一生懸命働いている親父の姿を見て覚えました。

私は、男3人兄弟の長男です。親父の手伝いを17年やって、独立して4年目になります。親父から直接仕事のやり方を教えてもらった記憶はほとんどありません。見よう見真似で覚えてきました。本当に口数の少ない親父だったんです。おじいさんが炭焼をやっていて、親父が林業、私は木切りで山の仕事は3代目になります。親父は今、隠居で私の手伝いをしてくれています。おじいさんは20年ほど前亡くなりました。周りがそんな環境だから自分は生まれた時からこの仕事やるんだなと思っていました。自分ではとても楽しい仕事だと思っています。
私の親父は、まず仕事を休んだことがありません。毎日、毎日山に行って一生懸命働いている思い出しかないです。休むのは、雨降りの日ぐらいです。無口な親父だったので、私は親父の仕事を見て覚えました。仕事について教えるという事はなくて、困った時に相談するとほんの少しボソッと話すだけで、特にこうしろ、ああしろという指示はしない人でした。特に代替わりしてからは、「好きなようにやれ」「もうけはお前の成果だし」「損をすればお前の責任だから」「自分は手伝うけれど、責任は自分で取れ。自分で良いと思えばやればいいし。自分が手伝い出来る事はするから。」と言われます。

本当に厳しい親父です。

親父は、普段も自分たちに対して怒るという事はほとんどない人でした。ただ、怒った時は本当に怖い人です。あんまり怒らないけど、怒る時は一言でガツンと怒られて、後に引かない叱り方でその場で終わりです。最近はないけれど。おじいちゃんは、これまた厳しい人で、怒ると叫ぶ、すごく怖い人でした。対照的に、親父は何も言わない人。親父は無口だから、目で殺されるような感じです。目で睨まれて言葉を殺してその目を見ただけですくんでしまいます。その目が変わった瞬間引きますね。まずいな!と感じます。親父の目の黒いうちはって感じですね。

私は、今39歳です。子供は4人、上が女3人、一番下が男です。私は仕事ばっかりで、子供達にかまう時間が本当に少ないですね。ですから朝早くから夜遅くまで仕事を1番に考えてしまっています。でも、年1回の子供たちの運動会は楽しみにしています。

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国産材への「こだわり」。
株式会社ウッディかわい 小野寺さんにお話しを伺いました。

ここは国立公園早池峰山のふもと

川井村は岩手県のほぼ中央部を横断した北上高地のまっただ中に位置する山峡の町です。総面積の94%が山林で占められていて、平地が少なく厳しい環境ながら、国定公園早池峰山や、標高700メートルの区界高原などの自然がすばらしく、山の恩恵を受けている場所です。古くから林業が盛んで、家の材料、鉄道の坑木、燃料の薪、木炭また養蜂も盛んです。気温は盛岡と同じぐらいで、冬の朝はマイナス10度を軽く越えることが多いです。

小野寺さんのお話
精度を求められる楽器の集成材

ウッティかわいの創業は平成4年11月です。私も創業当時から働いています。創業当時はピアノの椅子など楽器部材の生産などで始まった工場で、13人でスタートし、広葉樹の部材生産をして浜松のカワイ楽器に納めていました。カワイとかわいで全然関係ないんですけども、たまたまそういうお付き合いがあって。そのなかでピアノ用の部材として集成材を作るという仕事がありました。その時にカワイ楽器のほうから材料の管理や接着剤の配合の仕方など、いろいろ手ほどきをしてもらったのが、今の集成材工場の基礎になっています。

楽器用の材料は、住宅用とは予想も付かない高い品質要求があります。特に乾燥ですね。楽器は広葉樹を使いますから、ものすごく難しいんです。それに比較すると針葉樹っていうのはある程度楽なんです。もともと高い乾燥技術、糊の取り扱いも非常に高いグレードの下地があったので、そういう意味では非常に優れた住宅用の部材を作れました。本当に最初の頃は、広葉樹で何回も何回も失敗しました。接着に関してやっぱりそういう経験が、今の製品の生産管理で高品質につながっています。
今では楽器関係の生産は全部終了して、今後のお取引は全て終わりました。平成18年度から、完全に建築用集成材100%の生産をメインに行っています。

工場敷地に入る道沿いと工場の裏手などに原木が山積みになっています。だいたい樹齢40年から50年のものが多いです。ほとんどが唐松で、中には間伐材も混じっています。東北管内の国有林からでてくる間伐も大量に入っています。間伐材は樹齢20~30年、それから40年、50年、70年位のものも入ってきます。最近だと40年前後の間伐が多くなっています。それらの木は2mと3m、4mという長さで切り揃えられ、長く使えるものに関しては長いまま使います。どうしても木によっては節や欠点があるので、切って使うっていう工程が多くなりますが、長く使えるものは極力長く使うほうが生産効率もあがります。建屋の奥に皮むき機械があります。手前の方から原木を投入し、中の皮むき機械で剥かれたものが、先の方にでてきます。製材工場に乾燥機があり、奥の方が集成材工場の生産ラインになっています。約300mほどの長さで、今この工場そのものの製材の原木投入量が、毎日60~70立方(原木300~400本)くらいです。ここでは全製品の20%を占めるラミナ(集成材になる板)が生産されます。そのほかのラミナ材は県内、県外の製材所から持ってきています。いずれも国産の唐松です。

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国産材への「こだわり」。
株式会社ウッディかわい 小野寺さんにお話しを伺いました。

製材から集成材まで一貫生産。

この蟹岡工場だけで46名働いています。製材工場の方は13名です。忙しいときは2交代で稼動します。ここでは乾燥機に入れる木材がまんべんなく乾燥するように桟積みという作業をします。要は細い桟を板の一段一段に挟みこんでよく温風が通るようにします。挟み込んだら一山にして、乾燥機の中にいれます。その桟によってできた隙間を乾燥機の中で温風が流れて木材が乾燥します。乾燥機は本社工場と合わせて31機あります。1機あたりラミナ(板)換算で38立方から40立方弱(柱にして約1,000本分)は入り、それをフルに回してなんとかラミナの生産が間に合うという感じです。乾燥時間は厚みにもよりますが約5日間、温度はだいたい90℃くらいで乾燥されます。熱源はこの工場内で発生する木くずです。それを燃やし、ボイラーの熱を利用して乾燥させます。工場からでてくる端材、かんなくず等を燃料にしていて、重油等の化石燃料を一切使っていません。もちろん工場内の暖房もです。環境にも充分配慮しています。ですから、今の油の値上がりっていうのは気になりませんし、製品価格にも関係ありません。これがボイラーです。ここから端材を投入するようになっています。ラミナ工場から出てくるかんなくずは、集塵装置によってサイロに貯められ、そこの銀色の筒の中を通って定量供給というかたちで自動的にボイラーに供給される仕組みになっています。ここから蒸気配管が全ての乾燥機とそれから工場内の暖房に使われています。この工場では、捨てるのは燃やした灰だけです。

集成材の製造工程では、作業員が黄色いチョークを手に持って印をつけています。これは曲がりや反り、ねじれ、それから節などの欠点を目で見て、使えない範囲を切り取る、というところをチェックしています。そうすると、機械がセンサーでその黄色いチョークの位置を読み取って自動的に切ってくれます。ですから、この時点ではラミナの長さはバラバラです。短くなったものは、あとで、フィンガージョイトをして、必要な長さにして製品にします。ここでは、最低の長さは大体70cm以上ですが、別の工場のほうに行くともっとさらに短いものも使うようになっています。パレットに積みわけして、それぞれの工場で処理するようになっています。工場内はさっきのボイラーの熱源が供給されているのでとても暖かいです。暖房が効いていて、ある程度の室温がないと一番重要な接着剤の効果もでません。集成材の接着の性能を維持するうえでも、作業環境温度が一定でないと接着剤の硬化が遅くなります。でも、今では高周波プレス機も導入されているのでそんなに影響されません。今ここでは、ある程度の長さにするためフィンガージョイントをしています。ラミナどうしのフィンガーが軽く刺さった状態、それを手前に送り出してプレス機で差し込む。それで一応ある程度の長さになります。ここでは長さがばらばらで、それをエンドレスにつないで定尺の長さにカットし、同時にのりを塗るという工程になっています。6mの素材を作りたいのであれば、例えば6mに10cmくらいの伸びをつけて、それで切ってしまう。それでプレスして接着させてしまいます。

乾燥機1基に柱が約1,000本、それから1基フル活動です。

プレス工場の始めは、プレス前のかんながけの工程になります。高周波プレス機が2台あり、4mまでと6mまでできるプレス機が設置されています。材料に茶色く塗られているのが接着剤で、自動で木に塗布されています。今塗られているのがラーメン塗布という仕方で、圧力をかけることによって一面に広がる仕組みになっています。集成材はJASで求められる一定の品質があります。一定の強度の梁を造るときには、これくらいの強度の木材を組み合わせなさい、という厳しい規定があります。原木のどこを製材するかによって強度が違います。繊維を切ると弱くなります。そういったことで、結果として製品の優劣がでてきます。この優劣を上手に使って、一定の強度にします。どういった強度なのか機械で全部測っているので一定以上のものしか次の工程には進みません。その中でも強いもの、中でもちょっと落ちるもの、使えるものなどを分けて使っています。

取引先のご依頼等があれば、県の林業技術センターへ持ち込んで、製品の破壊試験をして試験結果をお届けすることもあります。今までは林業技術センターへ製品を持ち込んでやっていたんですが、忙しいため、なかなかすぐにやってもらえないということもあったんです。今度、本社工場のほうに実材試験機を入れることになりまして、自主検査体制をとりつつあります。自分達でもしっかり管理していこう、ということで工場でも試験していけるようにこういった機械を揃えています。

今では、自社で強度試験ができる体制になりました。

これが試験機械です。たわみ一定の荷重をかけたとき、どれぐらい変わるか、それがE強度、いくつで折れ、破損するかがF強度です。これで強度試験をし、それ以上あるという確認をします。通常やっているのは、こういった小さい機械でフィンガージョイントの強度を計り、間違いなくフィンガーの強度を確認します。そのほか、ここでやるとすれば煮沸剥離試験です。剥離試験と言って、製品をある程度の大きさに切った物を煮沸水槽の中で煮て、それを木材の強制乾燥機の中で乾燥させて、接着剤が剥離しないかどうかを定期的にやらなければいけないことになっています。今まではこういう実材試験機がないので、県の試験場へいって向こうで抜き取り検査することもありましたが、これからは自社で試験が出来るようになります。ここが最終のかんながけと、長さ決めをしている工程になります。これで仕上がった状態なので、梱包して出荷となります。
本社工場と第二工場があります。本来であれば、同じ敷地内に工場を建てた方がいいんですけれども、川井村は、こんな山で谷の深い平地のない土地柄なものですから、なるべく近いところに土地を探して、15分くらい離れてるんですけれども、ここで第二工場を建てて現在稼動しています。本社工場では梁材など第二工場では柱や土台を生産しています。
出荷量は一応、4000~4500立方位。能力からすると5000立方(柱約150,000本)造れる工場のラインは確実に出来ています。国産材の生産工場ですと、日本一です。
JAS認定工場は、毎月一定間隔ですべてのものを検査適応する資料を作っていますが、それが一定レベルの品質にあるかということを、基本的に3部とります。自社の検査、それと外部でもそのとおりやっているかどうかを検査してもらい、二重のチェックをします。納入先でも定期的に、JAS認定の証書ならびに検査結果報告を第三者機関から写しをもらっています。納入先にも間違いないものがちゃんと確実に出荷されているか確認証明する作業です。またお互いしっかりやっているということがあるので、自信をもって説明できます。特にJASの場合というのは、全ての全量検査をすることは物理的に不可能なんですよね。JASの発想っていうのは、工場が一定にそういうものを作れる状況にあるかどうかというような性能が前提となっています。ですから認定されるのはとても厳しいです。まず設備があるということ。そのことを活かす資格を持った人間がいるということ。それで一定のシステムができていると判断されます。これが前提にないとJAS認定になりません。
特にここは国産の唐松だけで商品構成しています。今、試験的にやっているのが杉の柱の商品アイテムで、JASの認定をとる準備をしています。唐松は取れていますが今、杉の認定を取るために申請している最中です。JAS規格は樹種が変わるたびに認定を追加、追加でとらなくてはいけないので、今までの唐松と同じつくり方では取れません。その都度、強度試験などの結果のデーターをつけて申請し、それで許可が下りるとやっとJASシールを貼って出荷販売できます。それが今もうじき許可が下りるところまで来ています。

強度の比較できる公約データ

杉材を利用しようと思ったのは国産材の利用拡大を図るということです。今まで唐松だけでやってきて、そのかいもありなんとか唐松が市場で認知されました。しかし、山元の声を聞くと山には杉が圧倒的に多いと言います。やっぱり、杉の商品化を考えなければいけないということで、杉の商品アイテムを加えることになりました。そんなこともあって今、雫石に新たに製材所を作る計画を進めています。

マルヒ製材 日當専務
今当社で計画しているのが、杉の集成材です。試験用と考えています。日本で一番多いのは杉材です。東北でも一番多く出ています。唐松というのは岩手と一部のところでしかないので、これから杉は量としては一番でてくるのではないかと言われています。柱なんかに使う分には充分な強度もありますので、問題なく使えます。しかし、唐松より曲げの強度が弱いので、唐松と同じ強度のものを作ろうとすると、どうしても経済的にコストアップになっていくんですよね。ですから、柱と梁の材料を使い分けるというのも、一つのアイディアかもしれませんね。しかし、今日本に一番多い杉材に関して最終的な商品の品質というところまで見えていないんです。使おうという勢いはあるんですけれども、実際使わせていただくためには、一定の品質にしなければならないんですね。それがなかなか今の製材レベルの発想ですと、求められている品質に到達できません。集成材という最終的な製品の品質を担保できるところまでやっていかないといけません。今度の雫石の工場が2008年稼動します。素材の供給ということにおきましては、青森県のほうからもだいぶ御協力いただく予定になっています。ですから、青森の杉、それから岩手の唐松、秋田からも杉が入り、岩手の杉も入るんですが、北東北3県から素材を供給していただくということで、立地条件から雫石のほうに工場を建てることにしました。ちょうど、へその位置にあるもんですから。そこで、製材した板をこのウッディかわいのほうに供給して、製品化するという予定を立てております。その分にも今の本社、第二工場で部分的な2交代の生産体制を布いている状態なんです。3交代、フルに24時間動かせばあと2000立方位は増産できるだろうな、という計画で今進めています。

集成材の土台は、特殊な方法で薬剤を注入。

防腐処理土台の前処理工程で、インサイジング加工を行います。まあ、通常であればこのまま柱角、土台角なんですけども、その表面に薬品がしみこみやすくなるように、傷をつける工程をここで今行っています。これで10㎜ぐらいの深さです。これに防腐処理の薬品を注入します。下のタンクの中に薬品が入って注入しているのが1号機で、あとその中にも、もう一台あります。インサイジングした柱をタンク中に入れます。それで薬品、液体を加圧してしみこませる。その前に減圧して、少し中のほうの空気を抜いてしみこみやすい状態を作ったところで液体を入れて、加圧するとしみこんでいきます。柱と土台の種類は同じものを使います。
木材っていうのは水分が入ることによっていくらか変形します。いろんな作り方があります。従来は湿式といって、材料に薬液体を加圧して力任せに木材に注入していました。その方法であれば乾燥時に変形が起こったりします。今は独特な方法で、はじめは液体なんですけども、減圧することによって薬剤の液体が気化します。空気状にしみこむので、漬け込む従来のやり方と違って、非常に寸法は安定性能が良く、しかも中に浸透しやすいという、とてもいい特徴があります。湿式処理は多いんですが、この乾式処理というのはなかなか少ない方法です。
タンクから出てくれば、当然乾いた状態で出てくるので、そのままトラックで出荷できます。ですから乾燥工程を必要としない。実際はこの中で乾燥させるように高周波をかけているんですが、本当の濡れた状態のものを乾かすというものではないので、寸法が安定しています。
この処理で防蟻性能があります。腐朽菌にしてもシロアリにしても、どうしても表面から入るので表層をがっちり薬品で処理してしまえば、シロアリは中からでるわけではないので、腐る事もなく、十分に土台としての性能を有するということになっています。使われる薬品は、通常ほとんど人体には影響ありません。

これからの林業を取り巻く環境

日當専務
少し前までは、国産材が高くて外材が安い、ということで外材が使われていたんですが、(今でもそういうイメージがあります)そんな中で外材の値段が上がってきて、国産材に目が向いてきたんですね。一部の方(リーファさんがそうなんですけど)今までこだわって国産材を使っていただいている住宅会社、そういった方々に対しては約束通り供給出来ますが、値段だけの(にわか)国産材ファンには同じようにお取引は出来ません。ウッティかわいさんにも特別に扱ってくださいよっていうお願いをしています。去年なんかは、これだけの生産量がありますので、全国から殺到したわけですよ。その時に今まで国産材を使いましょう、と取り組んできた人と・・・にわか国産材ファンとはちょっと一線を隔してやっていただかないと困りますよと。
小野寺さん
今までお付き合いしていただいた方を無視して、どこかに横流しするなんてことは当然できません。うちの生産量がそれだけ伸びればその分、新しいお客様を開拓することは当然するんですけど、やっぱり、今までの生産量では今までのお付き合いは当然大事にしていくのは当たり前のことですしね。本当のことを言うと、去年あたり引き合いはだいぶ強かったですしね。輸入材が全然入らないところからは売ってくれ、売ってくれ、と言うことはありましたけどもね。
日當専務
木材は国際資源化しています。特にロシア材なんかは輸出税なんていうのが従来の5%から今20%になりました。来年には80%になるっていう。それでも買うところはいくらでもあるっていう読みがあるんでしょうね。石油もこれだけ上がってくれば、船賃等も上がってきたので、よそから木材を買ってどうのこうのっていう話には単価的に辛くなってきまして、そういう伸びから比較しますと日本の伸びっていうのはまだ安定しているほうで。あとは使いたいというお客様が確かにいますので、それに見合う生産、素材、丸太の供給ができるかっていうことで、今、山の木を出すというここのところに力を入れています。
小野寺さん
そうですね。日本の場合にはどうしても急斜面の山が多いですからね。容易に機械化が進まない。今までも大変厳しかったし、林業も本当に老齢化しています。今、機械化を計りながら、木を切り出せるように一生懸命やっているところです。ここまでくれば、工場を1つ建てるとか2つ建てるとかっていう話だけですから。
楠美社長
これからは素材生産、山からの切り出しの方に若い人たちが働きたいと思う環境を整えてあげないと、いくら工場をつくっても、山から木が出てこなければ工場は稼動しない、そこなんですよね。林業っていうもの、そういった意味ではだんだん見直されてくるし、またそういった環境を作ってやらないと大変だよ、これからは。
日當専務
木材が特にそうでして。ニュージーランドにニュージーランドパインっていうのがあって、これを使うところっていうのがほとんど日本だったんですよ。だから日本の商社がある程度、値決めしたんですよね。価格決定権は日本の商社が持っていたんですけど、今は中国なんかが高値で買っていきますので、それにあぶれたものを日本の商社がいい値で買わざるを得ない、というのが世界各国で起きています。そういう意味では、これからやっぱり地元で調達できれば、それが一番安定するわけだからね。
ウッディカワイ 小野寺さん
本来、循環型資源って言われる木材ですから、本当は自分のところで国内なら国内でまわるっていう仕組みができて当たり前なんですけど、これまでなかなかそのようになっていなかったんですよね。特に唐松の生産に取り組むっていうことは、この辺の地域産業にとっては画期的なことなんですよね。岩手県っていうところは唐松はあるけど、ニーズっていうのはほとんど住宅材では見向きもされなかったんですね。それが、大量に使っていただけるということで、まだまだ山が生き返ってきているわけですよ。植林まで行かないまでも、この辺の山っていうのは十分に再生できますので、今切った木はいずれまた再生されていきます。まず切って使うことが大事です。
日當専務
戦後の木材需要が高まって切られたんですよね。その後また木材需要が発生するだろうということで、さて、何を植えようかってことになって。そこで、一番成長の早い唐松をこの辺では特に選択されたんですね。それがちょうどいま伐期にきています。木材は二酸化炭素を吸って酸素を出す、という地球温暖化防止があるんでしょうけども、ずっとではなく成長している間の50年ぐらいまでなんですよ。だから50年以上の木は、二酸化炭素を吸っているっていうこともあるんですけども、逆に二酸化炭素を出していることもあるんですね。そこはやはり元気な森を作るには間伐が必要で、手入れをして成長を予定して、またある程度育った山を間伐して、また植える。そうすると、またその成長過程で二酸化炭素を吸って、酸素を出す。このサイクルが大事なんです。

後記
今回は木造軸組み工法の骨格となる木材(集成材)を取材しました。今まで私たちの周りには、ほとんど外国材が建築に使われていました。それが当たり前のようにもなっていましたし、誰も疑問を持っていませんでした。ところが、最近になって現地での違法伐採の問題や、地球温暖化による伐採の制限、相手国の大幅な関税の引き上げなどによって価格が上がり、原材料不足によって以前のように取引が出来なくなってきました。そんな価格変動によって、国産材が見直されてきたのです。本当に勝手なものです。しかし、現状はその木を植えたり山の手入れや、切り出す人たちの高齢化や、後継者がいないのが事実です。木材に関しては戦後植林されたものが今伐採期になっています。先人が自分達の為ではなく、子や孫のことを思いつつ植え、手入れしてきた「山」。私たちは今、何かを忘れているのではないでしょうか?山は荒れています。山は私たちの生活の原点です。里を潤し、海を育てる。そんなすばらしい山を残してくれた先人に恥ずかしい思いがします。そんなことをこの取材で思い、知らされました。山に関わる人々、そしてその仕事の「哲学」に触れ、こんな素晴らしい体験をさせていただいて、山に関わる取材をして本当に自分自身、意義がありました。
多くの取材にご協力していただき、多くの皆さんに感謝を申し上げます。
本当にありがとうございました。

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国産材への「こだわり」。
有限会社マルヒ製材 日當社長にお話を伺いました。

時代と共に変わりゆく仕事

私の代である、昭和30年9月にこの仕事を始めました。その前は、親父は炭焼きをやっていました。久慈はもともと広葉樹が多いので、炭焼きが沢山いました。この仕事をして50年以上になります。その頃は建築材というより箱ばっかり作っていました。津軽のりんご箱、魚箱専門でそのころは本当に忙しくて。
赤松はリンゴ箱、杉は軽いので魚箱にしていました。今魚箱は、ほとんど発泡スチロールに変わってしまいました。その後、昭和45~50年のあたりから建築材に移っていきました。それも、ムク材から集成へと変わっていきました。
松を切るのは春、4~5月の木が乾燥していい木材が取れるんです。

製材、乾燥技術の進歩。

夏場どうしても木が活発になって、水分を多く吸っているので、切ると黒くなってくるんです。本当は、冬の寒い時期に切るのが一番良いんです。昔は寒切しかしなかったんです。冬に切って皮を剥いて、製材して自然乾燥させる。今は、人口乾燥で、昨日まで山にあった木をすぐ製品にしてしまう。本当に変わったもんだ。

自然のサイクル

本当は針葉樹だけ植えていると山が荒れるんです。針葉樹を切った後、ナラやクリなどの広葉樹を植えると広葉樹の葉が落ちてそれが堆肥になって山が肥えます。それがひとつの山の自然なサイクルになっています。岩手は木炭が有名で、特にこのあたりの広葉樹は木炭になったり、名物のしいたけの原木になります。ですから続けて同じ木を植える事はありません。また、土砂崩れなどの災害を防ぐために、根の張りが良くて強い広葉樹を混ぜて植えたりもします。実は久慈は海も近くて山の植林は海も育てています。山に木を植えないと、山の水が直接海に流れ込んで漁業に悪い影響を与えます。青森もホタテの養殖は有名ですけど同じだと思います。

後記
親子三代、山の仕事に関わって働くということ、仕事ということがどういうことか再確認でき、自分も15歳で職人の世界に飛び込み、見よう見まねで仕事を会得してきました。誰も教えてくれないそれが修行の場でした。そして今思うのは仕事の報酬は仕事だということです。時代がどんなに変わってもその本質は変わらないのだと再確認できました。
取り巻く環境が変わる時代。そして世代が移り変わり現実は変わって見えるが、本質は何も変わっていない。深く考えるとそこに気がつく。今あるものに一生懸命取り組むだけだ。努力そして経験そのものが人生だし、それが仕事の賞賛である。

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